100種類以上の野菜を作る 家庭菜園

出来るだけ固定種の野菜を作り、自家採種しています。

余計なお世話です。

40歳になる男が、私に話しかけてきた。

 『朝礼の時に、Kさんに後ろのほうにいないで前に行けと言われたんですが、何か後にいてはまずいことあるんですか』と。


 意味がよくわからなかった。


 『Kさんとは誰のこと?』とまずは聞き返した。
 『リペア部所のKさんです。』と答えた。
それを聞いて、全てが理解出来た。


Kさんとは68才になるパートの同僚である。
 自分の現役時代は、課長職まで出世して、営業でバリバリ働き年収も高かったと自慢する男である。
Kさんにとっては、40歳の男が気になって仕方ないのである。
 自分が同じ歳のころは、夜遅くまで働き、有休なんてとったことも無かった。会社は自分が支えているとの自負さえ持っていた。
いわゆる『ウサギ小屋に住む働き蜂』世代である。
 高校を卒業して、社会人となり、ひたすら金を稼ぐことを最大の生き甲斐としてきたのだろう。
そのような人生を歩み、68才の今なお、安い賃金でパートタイマーとなって金を稼いでいる。


 『あなたは、何のためにお金を稼いでいるのですか?』とKさんに問うてみたい。


 話は戻るが、彼が40歳の男に謂わんとしたことは、次のようなことだろう。
 『お前は、まだ若いので、後のほうにいて隠れたようにしていないで、もっと前のほうに並んでアピールしなさい。』と。
人生の先輩からの有り難い、お説教である。


40歳の男にとっては、余計なお世話である。

しかも同じパートなのに、
 『あんたは、いったい何様なのか?』と。


68才のKさんは、名門県立の進学校に進みながら、家が貧しかったために、大学進学を諦めざるを得なかった。
社会人になってがむしゃらに働いた。
若い頃に、冠婚葬祭の席で、親戚の義叔父からアパート暮らのような男の元にいる嫁は、可哀想だと嗜められたことがあった。その悔しさで、金をいっぱい稼ぐことを生き甲斐にしてきた。
そのような人生を生きてきた中で、出来上がってしまった固定概念から逃れられないでいるようだ。


私には、40歳になる呑気な男よりも、可哀想な男に見えてしかたがない。


人生の生き方、考え方は、人によって違う。
幸せ観も違うし、能力もちがう。


自分の生き方を、年下だからといって上から目線で、強要するとは、言語道断である。
ただのポンコツ爺の世迷言に他ならない。









≪その40歳についての過去の記事≫


40才になる男がいる。
私が定時で帰えろうとした時、彼は
『明日から有休取りますので、居ませんので宜しく。』と、にこにこしながら挨拶してきた。
今日から始まる女子オープンゴルフの4日間のチケットを取ったようだった。まとめて買えば1万円となる。
野田市にあるゴルフ場で開催された。
     


そう言えば、彼は去年も見に行っていた。
この男、月に2回、平日に有休を取ってゴルフに行っている。仲間は同じ会社のパートである。彼以外はとっくに年金を貰っている年寄り達だ。


普通なら、40才にもなってパートじゃ先が思いやられるとの評価をされてしまうところだろう。


自宅から会社までは3kmしかない。
5年前に父親が他界して、母と弟の3人で暮らしている。
弟は普通のサラリーマンである。
妹もいるが、すでに結婚して娘がひとりいる。
 
彼は、少し出来の悪い長男というところだろう。
将来の事や結婚の事などは考えている様子はない。
彼のもっぱらの楽しみは、ゴルフと高校野球の観戦である。
高校野球観戦は、ただひたすら県の地区予選を観戦するのである。


そしてもう一つの趣味は、時々電車に乗って一人旅をする。
無人駅などに降りて、テレビのぶらり旅の主人公気分にひたるようだ。


さらに、競馬が大好きである。
一人で競馬場に行く。
賭け事が好きなようであるが、かける金額はたいしたこと無い。


そして、今回女子オープンゴルフの観戦が加わったのである。


彼を見ていると、人生の悩みなんか無いように感じる。


彼の時給は、1000円位だから月収は16万円位だ。年収にすると200万円ぐらいだろう。
彼は、社員になるつもりは全く無い。


もっとも、社員になったら1か月も持たないと思う。
この会社の若い社員は、毎年のように辞めてしまう。
残業が平均で50時間以上である。
もちろん社員は、有給休暇の消化はできていない。


若い社員のほとんどは、作業員でブラックに近い職場だ。


パートタイマーだから、忙しい日であっても有給休暇を取って、悠々とゴルフを楽しめるのである。
それに、彼の場合は、仕事もまじめだから残業を社員の半分ぐらいはやらせてもらっている。
月に30時間は優にやっているだろう。3万円以上は残業で稼いでいる。


彼の家は、兼業農家である。
父親が他界してからは田んぼは親戚に任せてあるという。
畑もあるし、ハウスにはブドウが植えてある。
母親が畑をやっている。
母親は68歳ぐらいで、まだまだ元気である。
父親は市役所の職員であったので、母親は遺族年金をいただいている。
経済的には、彼の収入をあてにしなくとも済む。


彼が65歳までパートを続けたとして、年金額は12,3万円はいただけそうである。


この会社は、社員の給与は安いが最低限度の福利厚生はちゃんとしている。


親の立場で考えれば、3人の子供の一人ぐらい外してしまっても、どうってことないのだろう 。
ましてや、長男が母親のそばにいる。
何でも母親の言うことを聞く。


実際に父親が他界してからは、地区の行事には彼が参加している。


いつだったか地区の祭りでタダ酒を一杯飲んで、家に帰る途中、頭から田んぼに突っ伏してしまったようだ。


幸い地区の先輩と一緒だったので、大事には至らなかったが、人付き合いが良く、タダ酒が大好きなようだ。


彼を見ていると、世の中には彼と同じように、今の生活を楽しんでいる若者がたくさんいるのだろうと思う。


将来を考えて見ても、良い話も無く、今を楽しむという考えをする人が多いのではと思う。




人は、生きていればいいというわけでは無い

妻の絵手紙
『今年もどうぞ宜しくお願いいたします。』
            
                                           彩玉ボード拓本

                      

                                           鳳凰文(半瓦当)




78歳になる爺さんが、秘密基地にやって来た。
昨日退院したそうだ。

                             
彼は数年前から透析を受けている。
もう半年以上も、入院治療をしていた。

ところが、主治医の先生と大ゲンカをして、ようやく別の病院に転院することが出来たようだった。

1ヶ月ほど前に、外出許可で家に帰ってきた時に、主治医の先生と上手く行っていないことはわかっていた。
一番の原因は、彼の飲酒であった。
透析をしているのに、酒が止められなかった。
先生に何度注意されても、深酒してしまう。
ほぼアルコール中毒患者のようになっていた。
主治医の先生が彼を叱咤するのは、理解できた。
しかしながら、その先生のやり方がどうも威圧的で、患者主体になっていない感じを受けた。
40代前半の医者で、他の患者さんの評判も良くなかった。
そればかりか、彼の通っている病院も昔から評判が最悪であった。
結局のところ病院経営に失敗して、身売りしたことのある病院であった。


彼が透析を受けるようになった時には、奥さんは元気だった。
彼の作る野菜を、親類や知り合いに配ったりして、みんなから喜ばれていた。
彼も、シルバー人材で植木の剪定の仕事のリーダーをしており、5,6人の年寄りを使っていた。元電気屋さんで何でもできる人であった。
私の秘密基地の深井戸のポンプを取り替えた時も、彼がやってくれたおかげで相場の半分ぐらいの予算で出来て、とても感謝したことがあった。


彼が透析を受けるようになって、半年が過ぎた頃、奥さんの様子がおかしくなった。
腹に水が溜まってしまって、腹が膨れてしまうと言っていた。
後でわかったことだが、悪性の癌であり、しかも末期症状であった。
1年も経たないで、奥さんは亡くなってしまった。


それからしばらくして、彼の酒の量が少しずつ増えて行った。
奥さんがいたからこそ、彼の作る野菜は価値を持っていた。
段々と野菜を作っても失敗が多くなっていった。


近くに娘さん夫婦が住んでいた。
娘さんも主治医から父親の飲酒を報告され、心配していたようだ。
彼は、時どき実家に訪ねてくる娘さんに見つからないように、彼の畑の隣の杉林の中に置いてあるドラム缶に、酒の空き箱を持って来てこっそりと燃やしていた。


主治医が飲酒の量が増えているのを見逃すはずは無かった。
その頃から、彼に対しての指導が厳しくなっていったようだ。
彼にしてみれば、生きる喜びも将来への希望も無くなって行っていた。
その根本の彼の悩みや苦しみを理解しないで、飲酒の危険性だけを説いたとしても、彼にとっては何の助言にもならなかった。


オー・ヘンリーの「最後の一葉」の話でもあるように、医者は病気は治せても生きる力を持たせることは出来ない。

それを、傲慢な医者は、権威や脅しで患者に云うことを聞かせようとする。
どんな患者でも、進んで死んでしまいたいとは思わないだろう。
しかしながら、患者の心の中の悲しさや寂しさを理解しないで、一方的に入院させたり、外出許可を出さなかったりすることは、患者に不信感を持たせことになるだろう。


彼が私に語っていたのは、
『自分が入院することで、病院は喜ぶはずだし、長く生き続けさせることは自分たちの儲けのためだろう。俺は死んだって構わない。だけど、あの生意気な医者をぶん殴ってやりたいといつも思っている。』と。


それを聞いていた私は、転院を強く勧めていた。
今どき、患者を一方的に責めたり、上から目線で物事を言う医者は、人間として最低のレベルだ。患者には病院や医者を選ぶ権利がある。酒を飲むのは身体に悪いことだが、飲んでしまう苦しさをわかってくれない医者では、お互いがこの先悲しい結果を産むことになる。今すぐ、転院をするべきだと。


ようやく1ヶ月を掛けて、めでたく転院が出来たようだ。


ネギが欲しいというので、必要なだけ持って行けばいいと、ネギだけでなくブロッコリーも人参もキャベツも持って行ってもらった。
彼の家は、畑から50mの所にある。しかも、私の一番大きな100坪の畑は、彼が作っていた畑だ。



彼が元気な時に作っていた100坪の畑である。
現在は私が借りて作っている。














焼き芋を使って栗きんとんを作る

サツマイモ19本1300円、1本約70円。
種類は「紅はるか」
買った場所は、いつも行っている茨城県の『スーパータイヨウ』。
野菜がとても安いスーパーだ。
サツマイモは、収穫後キュアリングをして、3か月ぐらい熟成させる。
つまり10月に収穫すれば、12月の下旬ごろから熟成の済んだサツマイモが出回ることとなる。これから1月、2月とどんどん甘くなり美味しくなる。サツマイモは自宅での保存は難しい。しかし、スーパーのサツマイモは、いつでも買うことができる。
この時期を待って、サツマイモを箱で買う。
そして、対流式の石油ストーブで焼き芋を作る。
買ってきた芋をアルミホイルで撒く
     
対流式の石油ストーブで焼く
       
焼きあがったサツマイモ
     
焼きあがった芋で、きんとんを作ったり、栗と合わせて栗きんとんにしたりする。
正月のおせち料理となる。 ※画像は借り物
   



あるいは、焼き芋のまま冷凍して保存し、食べたい時に食べることもある。

          ※画像は借り物